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30 years ♯12 Electric The Cult

ちょうど30年前の1987年2月。

この時に初めての海外旅行、そしてそれもいきなり個人旅行に出かけた。

行き先はまずロンドン、3週間ホームステイして語学学校、そのあとユーレイルパスを使って、ヨーロッパを周遊、というものだった。

今考えても結構な冒険だった。

その時の記憶は今も色々と残っているけど、まあエッセイ家でもなし

逐一書くのはやめておこう。

ロンドンへ行くことの楽しみは、やはりロックだ。その時の私も目一杯ロックに関して楽しむことを目的にしていた。(英語を学ぶことは二の次って感じ)

今みたいにデジタルダウンロードもYouTubeみたいな便利なサービスも何もない

アナログな時代。そう、まだCDすらも一般的ではなかった

語学学校はロンドンのメインストリート(のひとつ?)オックスフォードSt.の

トッテナムコートロードに近い一角のビルのフロアにあった。

ホームステイ先はテムズ川の南、ブリクストンにも近いあたりで、毎日バスで通った。

学校のすぐ隣、オックスフォードSt.とトッテナムCRの角にはヴァージン・メガストアがあり、学校の昼休みや放課後に毎日のように寄っていた。

他にもタワーレコードHMVなど大きなレコード店が学校からそう遠くないところにあり、よく行ったものだ。

学校で知り合った日本人の女の子がいて、彼女は長期でロンドンに滞在しており、色々と情報が豊富だった。彼女は大のGBHファンだったと思う。彼女自身だったのかそれとも知人だったかはGBHのメンバーと付き合ってるとか言ってたように思うが、そこらへんの記憶は曖昧とにかく彼氏がパンクバンドをやってると言ってたっけ。

その彼女と一緒にある日、HMVへ行った。

それぞれにブラブラと通路を行き来してレコードなどを漁っている時に、

ほんの少しローリングストーンズの80年のヒット曲 Start Me Upのイントロのギターを彷彿とさせる曲が流れてきた。すごいかっこいい曲だけどなんだろう?と思っていたら、

例の彼女が私のところまで嬉々としてやってきて、

「ねえ、これ!知ってる?カルトの新曲なんだよ!」

というのだ。カルトって、その時まで音楽誌で見たり、RainやRevolutionなどの曲を

聞いたことがあっただけで、まだよく知らないバンドだったけど、すでにミッションのファンだった私にとっては、次に抑えなくてはいけないバンド、という感じの認識だったのだが

この日に聴いた曲

Love Removal Machine

に完璧にノックアウトされてしまった!

直ちにLove Removal Machine12インチシングルを手にとってレジに向かった私。

旅行中の身であり、レコードなど買ったところで聞けもしないのに

ロンドンの後まだ2週間半ほどヨーロッパ周遊するのに、レコードを持って歩いた私

送ってしまうというオプションは心配でできなかった、と記憶する。

一発でザ・カルトというバンドが特別な存在に変わったきっかけのこの曲。

リリースは1987年2月16日だった。

買った日はいつだったかわからない。

そして家に帰ってレコードに針を落とせる日を旅行中も非常に楽しみに、心待ちにしていたのだが、いざレコードを出して見たら!

なんと盤が反ってしまっていた

原因はなんだったのか、飛行機でも手荷物にして機内に持ち込んでいたせいで気圧や気温の関係でこうなってしまったのだろうか?さっさと送ってしまったら邪魔にもならなかったし、無事に聞ける状態に保てていたかもしれない

その後、京都の輸入レコード店で、もう一回この12インチを買い直した…

Love Removal Machineは先行シングルであり、アルバムElectricは4月のリリースだった。

このアルバムも、どんなに聞くのが待ち遠しかったことだろう。

このアルバムで、ハードロックバンドへと変貌を遂げた、THE CULT

前作 LOVEまではゴシック、ポジティヴ・パンクなどと呼ばれていて

すでに熱心なフォロワーが確立していたところだったので、この変化に失望したファンも

かなりいたらしい。

しかし私に関しては、どストライク!一気に私の大フェイバリットバンドに昇格した。

遡って買った前作二枚も、やはり大好きだが。

しかしカルトのファンになったのに、彼らは来日してくれなかった。

LOVEツアーで1985年に初来日していたのだが…

その後解散するまで日本公演をしていない。(再結成後はあり)

私はサンフランシスコで1995年にようやく生のカルト・コンサートを見られた。

そしてバンドは2013年に、Electric13と称してアルバムを全曲再生するツアーを敢行。

このアルバムは私にとって生涯のフェイバリットの一つであり、このツアーを見に行けた私はまたもや感涙にくれたのであった(大袈裟でスマン)